「X'mas time in blue」な優しき物語『クラッシュ』

 過日このページで私が大絶賛した『ブロークバック・マウンテン』。かの映画の対比対象として在るなぁと感じる映画が1本ある。それが、今年『ブロークバック〜』とオスカー各部門にて競い、見事作品賞を射止めることになった『クラッシュ』だ*1。本作は、私の2005年度No.1映画『ミリオンダラー・ベイビー』で劇場長編映画の脚本家デビューをしたポール・ハギスが、これまた初めてメガホンを取った映画。去年も今年も「初めて」なのにも関わらず、なんと2年連続オスカーに絡んで、今年に至っては作品賞受賞。これはかなりな快挙ではなかろうか?
 では、アカデミー賞含め全世界の映画賞94部門でノミネートされ、うち42部門を受賞するほどワールドワイドで大絶賛されまくっている『クラッシュ』とは、どんな映画か?
 アメリカ第2の大都市ロサンゼルス。クリスマス間近の夜に、ある「追突事故=クラッシュ」が起きる。乗っていたのはL.A.P.D.の刑事グラハム(ドン・チードル)と同僚にして恋人のリア(ジェニファー・エスポジト)。事故相手と口論を始めたリアをよそに、事故現場近くでたまたま行われていた殺人事件の捜査をグラハムが覗くと、そこには黒人の若者が横たわっていた。彼は何故死に至ったのか?この場面から30数時間ほどを遡り、帰結点に至る経過を描いたのが本作である。
 この映画の構成が、この上なく美しい。なんと2組の夫婦と4組の家族と1組の恋人達*2という10数人の登場人物たちが、時として組み合わせを変えつつ様々な形で絡み合うという群像劇なのだが、ストーリーが黄金比的に組みあがっているのだ。ここ暫くの映画作品の中でも構造美的に出色の出来なのではないかと思う。
 しかしこの映画の凄いところは、構造美的なところだけではない。「ナマの人間」を描いた、テーゼのしっかりしたドラマなのだ。本作のキャラクター達は、良いとこばかりの聖人君子ではない。ゆえに、ぶつかるわ、とんでもないことをしでかすわ、とにかく物語の前半は暗鬱とした気分になってしまいそうな事が幾つも起こる。実は人種や銃といった社会問題的事象にさらされることなくノホホンと生きている私には、さすがにその部分については当事者的感覚は持ち得ない。しかし、「人との関わり」というこの映画のテーマの一つについては、言語圏や生活様式が違えど「まぁ、解るねそりゃ」と思うキャラクターが居た*3サンドラ・ブロックはこの映画について「皆を象徴している」と語っていたんだけど、なるほど確かに、社会的環境やら、持っている悩みやメンタリティ的な部分やらとにかく多様で、「人間社会の箱庭」を見ている心地がしなくはない。本作は、そんな箱庭を通して「ヒトってなんだろうね」を考えさせられる、パンチ力ある一本なのだ。
 ただ、超ド級のパンチ力を持つ『ミリオンダラー・ベイビー』に対して、『クラッシュ』は異なる顔を持つ映画だと考える。それはその後半だ。
 ここまで言葉を失うような事象が積み重ねられた後、「ぶつかり合い=クラッシュ*4」を繰り広げていた登場人物たちの行動や関係性が、次第に変貌を始める。そこには、「人間は関わり合って生きていくものなのだ」という作者の宣言的なものが仄見える。苦難を越えた先に見える「癒し」「救い」。この映画は、現代におけるキリスト圏的説話なのだろう。しかしあくまでさらりと、ある一定の心地よい距離感を持つ視点でそれらは描かれていく。各登場人物に、ほぼ均等に。
 そしてやってくるラストカットを観ながら、「憂鬱な時も、一人ぼっちの時も」「平和な街にも闘ってる街にも」皆にクリスマスはやってくると語る佐野元春の名曲「X'mas time in blue*5」を思い出した。このカットには監督の切なる思いが込められている、と後で何かで読んだ。携帯の方、ネタバレ注意!→「雪の降らない街・ロサンゼルスに雪が降るという奇跡を起こすことができるんだから、人と人との(社会)問題もきっと解決できるに違いない」というものなんだけど、これを読んでちょっとトリハダがたった。映画のタイトルもダブル・ミーニングだけど、登場人物たちも、物語の構成も、そしてテーマも非常に表裏一体の2面性を持つ作品、それが『クラッシュ』なんだろうと。観れば観るほど味が出る1本だと思います。
 ここまで文字数を使ってもまだ本作の魅力を語りきれてないなあ。というところで、実は今DVDショップ等に行かれるとですね、本作の魅力を大特集したフリーペーパーが置かれているはずなのですよ*6。これを読むと『クラッシュ』の魅力が丸わかりです!是非読んでみてくださいまし。で、願わくばその足でDVDの予約を。リリースは、7月28日です。
クラッシュ [DVD]

*1:先日も書いたが、『ブロークバック〜』は非常に女性に訴求力を持つ映画だと私は思う。これに対して本作は、周りに訊く部分でではあるが、非常に男性に訴求力がある。この段差は非常に面白いんだけど

*2:数が間違ってたらスミマセン!!

*3:ドン・チードルなんだけど

*4:そう、この映画のタイトルは、「事故」と「人間のぶつかり合い、係わり合い」のダブル・ミーニングなのだ

*5:ま、例によって例の如く、持ち歌なんだけど。クリスマス直前にしか歌わない、期間限定の曲の1つです

*6:「おーたに」さん、ホントにありがとう!お世話になりました!!