脈々と、脈々と・・・「カナユニ」

-30度のマール

 最近ここで書いた「頭上冠水するほどの大津波」の名前、それは「異動」です。会社に入って12年、1度も異動なく過ごしていると大概のプロジェクトは自分が手をつけたもので、そのうち9年は超放任主義の上司Mとタッグだったものだから、1から10まで把握しているのは必然的に私一人。後任人事てんやわんやで、怒涛の勢いでありえない量の仕事を引き継ぐことに。うーん、絶対終わらない自信だけはあるな。
 私の後任は、9年前に上司Mと3人でトリオを組んでいた後輩UM。最も信頼を置ける後任だが、物凄い苦労をかけている。というかこれからもっとかかる。確実にかかる。とりあえず怒涛の一週間が終わり、とりあえずUと二人で飲みに行くことにした。お目当ては赤坂「カナユニ」。1966年にオープンしたという老舗フレンチだ。
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 「カナユニ」とは「かなりユニーク」の略。確かにユニークなところだらけだ。まず、入り口に看板は特にない。鍵の形をしたオブジェが付いた木の扉があるだけだ。分厚い木の扉を開けると、フカフカのカーペットが張られた地下に続く階段が。フロアにはバーカウンターと広いフロア。席には執事のような風情の老齢の男性が案内してくれた。フロアの片隅にはピアノ。壁には実もの系の珍しいアレンジメント。きっと1966年の開店当初から、ずっと調度を同じくしたままで居るのだろう。モダンだけど重厚で、昭和の香りがした。

 メニューも何気にユニーク。下の方にルパンが付けてそうな眼鏡が。ぐるり見渡すと、客層がかなり年齢的にも風情的にもアッパーな感じ。マズい。紳士淑女の社交場に、デニムにジャケットの小僧が迷い込んでしまった感が否めない。
  ちなみにこのお店、サングリア(1966年)、エスプレッソ(1967年)、ボージョレーヌーヴォー(1973年)、キール(1975年)などのメニューを「日本で初めて」紹介したお店なのだという。あと、三島由紀夫がこよなく愛でたというオニオングラタンスープと1980年に特許申請されたというタルタルステーキ、このお店の名物とされるサンビッツ。きっといずれも登場した当初はもの凄くユニークだったんだろう。
 タルタルステーキを核に、幾つかのメニューをチョイス。サングリアと一緒に頂くことにした。
   
▲茄子とカニミルフィーユ、漁夫のサラダ(たぶん)、舌平目のウニソース、タルタルステーキ
 茄子とカニミルフィーユはアボガドがサンドされていて非常にクリーミー。一口食べて悶絶。漁夫のサラダにはピンクのツブツブが入ったオレンジのソースと黄緑のソースが。黄緑のソースはオリーブオイルと柚子胡椒。でもオレンジのがわからない。甘いのと酸っぱいのが・・・でも梅じゃないし・・・ベリー系の味?・・・このモチモチした食感の魚は何?とにかくユニークだ。これまたクリーミーな舌平目をいただいた後で、タルタルステーキをパンに載せて頬張る。スパイスが効いた味。たぶんこの味も開発当初から脈々と受け継がれているんだろう。止まらない。写真を撮り損ねたオニオングラタンスープと伊勢海老のクリームスープまで一気にいただいてしまった。
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 そうして旨いものを食べているうちに音楽が始まった。この日はボサノヴァライブ。奏でられる定番ナンバーに耳を傾けながら、UMと今後のフローだの問題点だのをMTGしたり、雑談的に近況を話したり。随分とサングリアが進んだところでUMが言った。「でも、私は媒体を全部任されることよりもそれらの仕事量よりも、プレッシャーになってることがあるんです」。“それが何か”と“何でそう思ったか”を聞いて、不覚にも鼻がツンとした。最近私は涙もろい。金曜は2度不覚を取りそうになったが、いずれも「下手人」は後輩だ。このポジションになって1年弱で何ができたかと思っていたけど、とりあえずどうやら残せたものはあったみたい。これを継いでくれるのが一番仕事における私を理解しているUMだから、かなりのスパルタと言われつつ仕込んだ後輩たちだから、後ろの憂いはない。あとは脈々とよろしく。
 などと思っていたら、マールが出てきた。トップ写真のそれなのだが、これまたユニークな飲み方。ビンの周りに物凄く分厚い氷が張っている。執事さん曰く、「マイナス30度のマール」だそうだ。口に含むとマールの味がパッと弾けて、霧散していった。後味が全く残らない。これは凄い。
 「マイナス30度」と聞いてふと思い出したのが、「マイナス100度」という言葉が歌詞に入るあの曲。明日はサザン。きっとあの曲も聴けるはず。休業前最後のサザン・・・あと1週間でこの12年が終了する私にとっては、たぶん忘れられない3時間になるんだろうなあ。それを一緒に聴くのが12年を一緒に歩いた同期なのも感慨深い。レビューはまたライブの後に。

50年の歴史と“ユニーク”の積み重ね。重厚です。「レストラン カナユニ」

■住所・・・・・東京都港区元赤坂1-1 中井ビルB1F
■TEL・・・・03-3404-4776
■営業時間・・・18:00〜2:30am(月〜金)/18:00〜23:00(土)
■定休日・・・・日曜
■ホームページ http://www.kanauni.jp/index.html
※ちょっと年齢的に高めな客層。夜半になると・・・縦巻きだったり夜会巻きだったりする方々が・・・そんなところも何気に刺激的です。